大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和36年(あ)3052号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

検察官の上告趣意第一点について。

所論の指摘する原判決の判示中、公衆浴場法二条一項適用の対象となる「公衆浴場」に関する解釈が、引用にかかる大阪高等裁判所判例(昭和三四年(う)第四三二号同年一〇月一四日判決、高裁刑集一二巻九号八八一頁)の趣旨を相反することは所論のとおりである。

よつて考察するに、原審の認定するところによれば、本件組合浴場は、被告人がその所有の浴場施設を提供し、横浜町衛生浴場協同組合なる名称の下に、浴場経営の目的として設立された組合組織によるもので、被告人自らその組合長となり、組合員より入浴の都度、維持費の名目で一定の料金(一一才以上一〇円、一一才未満五円)を徴収して経営せられ、その組合員は右浴場の利用を希望する同町住民をもつて構成され、当初三十数世帯が加入し、その後新規加入者を含めて組合員の数は漸次拡大されたというのであり、しかも原判示組合規約によれば、同町住民である限り組合への加入脱退は各人の自由であることが明らかであるから、本件浴場の利用者は、たとえ、右組合員たる資格を有する者に限定されていたとしても、その実体は、時とともに浮動する当該地域の一般住民多数であつて、組合員という形式的な枠を除けば、いわば市井の公衆浴場の利用者と実質的になんら異なるところはなく、この点で右利用者の性格が一般公衆性、社会性を具有することは否定できない。そして所属組合員の多数なるこの種組合浴場が叙上の意味で社会性を有することは、原判決自体これを認めるところである。そうだとすれば、本件組合浴場は、公衆浴場の経営につき、その公共的性格に鑑み、公衆に対する保健衛生と風紀上特別の取締、指導の必要から許可制を採用した同法の法意に照らし、同法一条一項にいわゆる公衆浴場の一形態として、当然同法による営業規制の対象に含まれるものと解するのが相当である。論旨引用の判例は、会員組織による浴場経営の場合に関し、右と同じ見解に立ち、入浴者の性格が公衆性を帯びる場合には、たとえ会員証を所持するものに限り入浴が許される立前をとつているとしても、当該浴場の経営は、同法にいう公衆浴場の経営に当るものと認めたもので、この判示は正当として是認さるべきである。従つて、原判決が右判例の趣旨と異なる見解の下に、本件組合浴場は同法の適用外にあるものと解し、本件公訴事実第二の(ロ)の同法違反の点につき無罪の言渡をしたのは、失当といわねばならない。それゆえ、所論は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

ところで、原判決中有罪部分(原判示第一の建築基準法違反および同第二の公衆浴場法違反の点)に対し、原審弁護人から上告の申立があつたが、被告人および弁護人は上告趣意書を提出しない。しかし、前示無罪部分と右有罪部分とはともに併合罪の関係があるとして起訴されたものにかかるから、前者につき原判決を破棄すべき理由が存する以上、いまだ確定をみない後者とともに原判決は全部破棄を免れない(昭和三〇年(あ)第一九九六号同三三年一一月四日第三小法廷、刑集一二巻一五号三四三九頁参照)。

よつて、刑訴四一〇条一項本文、四〇五条三号、四一三条本文により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の意見によるものである。(裁判長裁判官柏原語六 裁判官石坂修一 五鬼上堅磐 横田正俊 田中二郎)

検察官の上告趣意

被告人工藤勇三郎に対する建築基準法違反、公衆浴場法違反被告事件につき、昭和三十六年十一月十四日仙台高等裁判所第二刑事部が言渡した判決の中「公訴事実中第二の(ロ)の公衆浴場法第二条第一項違反の点につき被告人は無罪」との部分は、高等裁判所の判例と相反する判断をなした非違があり判決に影響を及ぼすことが明らかであるばかりでなく、更に判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があつてこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるので、刑事訴訟法第四〇五条第三号、第四一〇条第一項及び第四一一条第三号に該当し、到底破棄を免れないものと思料する。以下その理由を説明する。

第一点 原判決は公衆浴場法第一条第一項並に同法第二条第一項の解釈を誤つた結果、大阪高等裁判所第一刑事部が公衆浴場法違反被告事件につき言渡した判決(昭三四年(う)第四三二号高等裁判所判例集第一二巻第九号登載)と相反する判断をなした違法がある。

原判決は第二(ロ)の公訴事実、すなわち「被告人は杉山新一郎外六名と共謀の上横浜町衛生浴場協同組合を組織して青森県知事の許可を受けないで、昭和三十三年九月二十四日頃から同年十二月二十四日まで約百回に亘り右浴場で一一才以上一〇円一一才未満五円で組合員多数に入浴させ、もつて公衆浴場を経営したものである。)との趣旨の公訴事実に対し、本件浴場経営は組合浴場経営であると判断した上「公衆浴場法第一条第一項は『公衆浴場とは温湯……を使用して公衆を入浴させる施設』と定義しているが、公衆とは法律上の慣用語としては不特定多数人を指し、多数人であつてもそれが特定している場合には公衆ではない。従つて特定の組合に加入している組合員の全体は多数であつても特定していて公衆ではないから、組合員にのみ利用を許す組合浴場は同法の公衆浴場にはあたらない。」と判示し無罪の判決を言渡したのである。

しかしながら右判断は

一、公衆浴場法第一条第一項の「公衆」の解釈を誤つた結果、前記大阪高等裁判所の判例と相反する判断をなしたものである。なるほど、「公衆」なる用語は、抽象的には不特定且つ多数人と解せられないことはないが、果して公衆浴場法第一条第一項にいわゆる「公衆」なる用語が不特定且つ多数人を指し、特定の多数人を包含しない趣旨か否かは、公衆浴場法全体の法意に照して具体的に解釈すべきであつて、右用語の抽象的意義如何によつて解釈を決定すべきではない。<中略>

これを本件に照らして考察するに、公衆浴場法の立法趣旨は、多数の国民の日常生活に欠くべからざる多分に公共性を伴う厚生施設である公衆浴場に対し、国民保健及び環境衛生の見地から浴場の衛生設備の低下を防止し、行政上の監督その他必要な措置をなし得る規定を設けるために制定されたものであることは明白である。このことは公衆浴場法第二条第二項後段の規定が職業選択の自由を保障する憲法二二条に違反しない旨判示した最高裁判所大法廷判決(昭和三〇年一月二六日言渡)の判決要旨からも優に窺われるところであつて、同法の目的は公衆衛生の観点から多数人を入浴させる施設を規制することにあり、その多数人は不特定たると否とを問うところでないと言わなければならない。厚生省が昭和二十四年十月十七日都道府県知事宛同省衛生局長通知において、組合浴場であつても「社会性」を有するものは公衆浴場法の適用を受けるとの解釈を示したのも、この趣旨に外ならない。公衆浴場法第一条第一項の公衆浴場の定義における「公衆」の意義も亦かかる法意に基づいて解釈すべきであり、必ずしも不特定且つ多数人たることを必要とせず、特定多数人も「公衆」たるに妨げないと解せられるのである。

原判決は、同判決における「公衆」の意義について前記見解の正しいことを裏書するものとして、医療法が病院、診療所、助産所の定義を定めるにつき、「公衆又は特定多数人」という語句を用い、「公衆」と「特定多数人」とを区別して記載している点を指摘して、公衆浴場法の「公衆」に特定多数人が含まれないという解釈を下している。しかしにがら、医療法第一条、第二条が公衆の一形態である特定多数人の名称を特に掲げた所以は、病院、診療所等には組合または会社等の経営に係り、その傘下に属する特定多数人を診療等の対象とするものが多数存在する事実に鑑み、特にその種の施設を規制する必要からと考えられるのであり、これに対し公衆浴場法制定当時公衆浴場として一般に考えられたものにはいわゆる組合浴場の如き形態のものは存在しなかつた事実に徴し、同法に特に特定多数人という名称が掲げられなくとも何等異とするに足らないものであつて、医療法と公衆浴場法との間に立法形式上差異があるのは当然であり、前者の立法形式に基づいて後者の法解釈を正当化することは何等根拠のないところである。

以上「公衆」の解釈について述べたが、公衆浴場法第一条の「公衆」の意義に関し、前掲大阪高等裁判所の判決は、ある都市を中心とする低額所得の一般労務者およびその家族らで会員証の所持者を入浴対象者とした会員組織の浴場経営につき、右の入浴者の制限が厳守されていないから、不特定且つ多数の者を相手として一般公衆を入浴させることを業とするものと認定した後、さらに「またたとえ入浴者を会員証所持者に限定したとしても、これを交付すべき者は堺市を中心とする低額所得の一般労務者及びその家族等であり、これらが右浴場を利用する場合は、一定の旅館又は宿舎等に宿泊又は居住するものがその附属の浴場を利用する場合とは趣を異にし、その入浴者の性格に『公衆性』を帯びていることを否定することができず、これらの者に入浴させることを継続的に事業として経営する以上、公衆浴場法第二条第一項にいわゆる業として公衆浴場を経営する場合に該当するものというべきであると考えられる。同条が業としての公衆浴場を経営することを許可制にしたのは、これを利用する一般公衆に対し不便不衛生を来すおそれがあり、この点において公衆浴場が公共性を有していることによるのであることは、原判決引用の最高裁判所の判例の示すとおりであり、この趣旨から考えても、同条の公衆浴場には前記のように、入浴者を堺市を中心とする低額所得の一般労務者及びその家族等のみを対象とするような浴場をも包含するものと解するのを相当とする。」と判示している。

右引用の判示部分は、公衆浴場法の法意から考え、たとえ入浴対象者がある都市を中心とする地域の低額所得の一般労務者およびその家族等で会員証の所持者に限定されていても、かかる入浴者の性格に「公衆性」を帯びていることを否定することができないから同法第一条第一項の「公衆」に該当するものであるとの解釈を前提として、同法第二条の公衆浴場にはこの種の限定された者のみを対象とするような浴場をも包含するものと解しているのである。すなわち、同法第一条第一項の「公衆」とは入浴対象者が特定範囲のものに限定されていても入浴者の性格に「公衆性」を帯びる場合はこれに含まれるとの解釈をとつているものと断定される。

果して然らば、「公衆とは不特定多数人を指し、特定の組合に加入している組合員の全体は多数であつても特定していて公衆ではないから、組合員にのみ利用を許す組合浴場は公衆浴場にはあたらないとした原判決の判断は、公衆浴場法の立法精神を無視し、同法第一条第一項の「公衆」の解釈を誤つた結果、前掲の大阪高等裁判所の判例と相反する判断した違法があり判決に影響を及ぼすこと明らかであつて到底破棄を免れないといわなければならない。<以下省略>

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